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名古屋高等裁判所 昭和43年(う)350号 判決 1968年10月17日

本店所在地

岐阜県関市平和通八丁目二番地

福田刃物工業株式会社

右代表者代表取締役

福田莞爾

本籍

同市河合町二〇番地

住居

同市森西町一番地

会社役員

福田吉蔵

明治三四年七月二三日生

右の者らに対する法人税法違反各被告事件について、昭和四三年四月一〇日岐阜地方裁判所が言い渡した有罪判決に対し、原審検察官(但し、被告人福田吉蔵に関する部分に対し)及び被告人らからそれぞれ適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官船越信歴関与のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人福田吉蔵を懲役一〇月及び罰金一〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五、〇〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

但し、この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

原判決中被告会社に関する部分を岐阜地方裁判所に差し戻す。

理由

本件各控訴の趣意は、被告会社関係部分につき弁護人田中喜一名儀の控訴趣意書に、被告人福田吉蔵関係部分につき岐阜地方検察庁検察官検事山口裕之及び弁護人田中喜一各名儀の控訴趣意書(同弁護人名義の控訴趣意補充書を含む。)にそれぞれ記載されているとおりであるから、ここに、これらを引用する。

一、被告会社に関する部分について。

所論の要旨は、原判決の量刑は重きに過ぎ不当である、というのである。

論旨に対する判断を示すに先立ち、職権をもつて調査するに、本件記録に徴すると、被告会社に対する起訴は、福田吉蔵を代表者と表示して昭和四二年二月一六日になされたこと及び原審は、同年四月一二日の第一回公判期日以降右福田吉蔵を被告会社の代表者として出廷させたうえ、審理、判決していることが明白であるところ、記録編綴の被告会社の登記簿謄本二通(一九六丁、一、二六一丁)、福田吉蔵名儀の辞任届(一、二一九丁)に、当審において取調べた岐阜地方法務局関出張所長名僕の「代表取締役変更の登記申請について」と題する回答書及び被告会社代表者福田莞爾の当公判廷における供述を併せると、被告会社の代表取締役であつた福田吉蔵は、昭和四二年三月二八日辞任し、同日福田莞爾が代表取締役に就任し、同年四月一日それぞれその旨の登記を経たことを認めることができる。

そうすると、福田吉蔵は、昭和四二年二月一六日の本件起訴当時においては被告会社の代表取締役であつたが、原審が第一回公判を開いた同年四月一二日には、もはや代表取締役ではなく、従つて被告会社を代表する権限を有していなかつたものであるから、原審がこれに気づかないで、同人を代表者として公判に出頭させ、被告会社の正当な代表者若しくはこれに代わる代理人の出廷なくして審理判決したのは、明らかにその訴訟手続に重大な法令違反があるものというべきであり、この違法が判決に影響を及ぼすこともちろんである。それ故、原判決中被告会社に関する部分は、論旨に対する判断をなすまでもなく、失当として到底破棄を免れない。

二、被告人福田吉蔵に関する部分について。

検察官の所論の要旨は、原判決の被告人福田吉蔵に対する量刑は軽きに失するというのであり、弁護人の所論の要旨は、右量刑は重きに過ぎるというのである。

各所論にかんがみ、本件記録を調査し、証拠により認め得る本件犯行の動機概様、脱税金額、会社の営業規模、業態及び犯行後における情況、その他諸般の情状を総合考察し、とくに、被告人福田吉蔵は、被告会社の単なる使用人ではなく、その代表取締役として業務一切を統治管理し、本件脱税についても独断専行していることを考慮に容れ、同種事犯との科刑の均衡の点にも思いを致すと、原判決の量刑(懲役一〇月、三年間刑執行猶予)は、罰金刑を併科しなかつた点において、検察官所論のとおり、軽きに失するものと認められるから、検察官の論旨は理由があり、右量刑を重きに過ぎるとする弁護人の論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九七条一項、三七九条、三八一条に則り、原判決全部を破棄するが、同判決中被告会社に関する部分は、自判に適しないので、同法四〇〇条本文に従い、これを原裁判所に差し戻し、被告人福田吉蔵に関する部分については、同条但書により、さらに判決する。

原判決が被告人福田吉蔵に関し認定した事実に法律を適用するに、同被告人の原判示所為中原判示第一、第二の各所為は、昭和四〇年法律三四号附則一九条により同法による改正前の法人税法四八条一項に、同第三の所為は、法人税法一五九条一項に各該当するので、所定刑中いずれも懲役と罰金との併科刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、その懲役刑につき同法四七条本文一〇条により犯情の最も重いと認める原判示第一の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑につき同法四八条二項により各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人福田吉蔵を懲役一〇月及び罰金一〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五、〇〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置し、情状により同法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小淵透 裁判官 村上悦雄 裁判官 西村哲夫)

公判九月一九日

控訴趣意書

被告人 福田吉蔵

右の者に対する法人税法違反被告事件につき控訴趣意書を提出します

原審刑・量定は重いと思はれる

一、客観的事情

(イ) 脱税の内容

(2) 利息

真実は貸金でないのに擬制的、技術的に貸金と看做し年一割の計算とされてゐる

その金額は

(a) 昭和三八年度 約金七五八万円

(b) 同 三九 〃 約金八二八〃

(c) 同 四〇 〃 約金八六八〃

合計金二四五四万円也で、実に脱税額の約二分の一に該る(第一表)

ただ伊藤一郎、鈴木一郎等名義のものが真の利息で之は約七三万円に過ぎない(第二表)

保管場所を変へたと云ふ丈けで、之を貸金と計算されてゐるが、実質上は脱税に這入らないと云へる

(2) 宣伝公告費、公租公課

正しく計算すれば当然経費として控除されるに不拘、誤り計算して申告をしてゐる

(a) 宣伝公告費 約金二七九万円

(b) 公租公課 約金四〇五万円

の過少申告となつてゐる(第三表)

之は被告人の税知識の稀薄、丼勘定の惰性で悪質でないことが窺へる

(ロ) 被告人は本件査察後、非を悟り異議を述べず、会社へ凡てを戻してゐる

又一部は既に会社のために支出して居り尚遊興等には費つてゐない

二、主観的事情

(イ) 年齢六八才 強い鞭はいらない

(ロ) 性格 真面目 父祖の家業を継ぎ今日をなしてゐる

守銭奴と迄云はれる位質素検約の生活をして来た

(ハ) 経歴 永年家業に専念し、関信用金庫、関商工会議所議員を勤め関市では実業家の一人である。

(ニ) 改悛

社会的、道義的制裁を受け、又社長や公職一切を辞し、尚病の身となり心神共々大きな痛手を蒙り、今や只管悔悟の生活に入つてゐる(弁一、二)

(ホ) 再犯

社長を長男に譲り、会長の辞意も堅く会社経営にはノータッチとなつてゐる再犯の虞は消滅

三、以上の諸事情を勘案すれば、原審主刑の懲役は重いと思ふ

花の咲かなかつた老木は枯死を待つてゐる、今更根元に鉈はいらない

少しばかり残つた人生に安らぎを興へてやつていただきたい

少しでも懲役刑を減らし、又執行猶予の期間を短くしてやつて下さることを念願して巳みません

昭和四三年七月二三日

被告人 福田吉蔵

弁護人弁護士 田中喜一

名古屋高等裁判所 御中

第一表

擬制利息

<省略>

第二表

預金利息

<省略>

伊藤一郎 鈴木一郎等

名義の預金

第三表 宣傅広告費

<省略>

第四表 公租公課

<省略>

控訴趣意書

法人税法違反 福田吉蔵

右被告人に対する頭書被告事件につき、昭和四三年四月一〇日、岐阜地方裁判所が言い渡した判決に対し、検察官から申し立てた控訴の理由は、左記のとおりである。

昭和四三年八月一九日

岐阜地方検察庁

検察官検事 山口裕之

名古屋高等裁判所殿

原審判決は公訴事実どおりの事実を認定しながら、検察官が被告人に対し懲役一〇月及び罰金一〇〇万円の求刑をしたのに対し、懲役一〇月但し三年間刑行猶予の言い渡しをした。しかしながら、右は以下開疎するように、罰金刑を併科しなかつた点において、その量刑著しく軽きに失し不当であるから、到底破棄を免れないものと思料する。

第一、本件会社の経営は被告人の独裁するところで、法人とは名のみで、実体は個人経営と言つても過言ではなく、経理の実体もドンブリ勘定であつたことからみれば、法人よりもむしろ、行為者である被告人を重く罰するのが相当である。

本件のほ脱により利益を得た者は一応形式的には被告会社であると言い得ること勿論であるが、被告会社の特殊性、更には、被告人と被告会社との特殊関係の点からして、実際上の利益の帰属者は被告人個人であつたと言つても過言ではないのである。詳述すれば(イ)資本構成の点において他人の資本は全然入っておらず、役員の顔触れの点においても社長は被告人、専務は長男、取締役は実弟(但し、名目のみ)という実体であり(記録第一一一三丁乃至第一一三三丁裏)(ロ)経理の実体もドンブリ勘定で、個人の財産と法人の財産との区分が明確ではなく、特に長年月に亘り本件売上除外による留保金の管理、運用が専ら被告人の自由恣意に任されていた。而していわゆる「社長貸付金」はその実体において被告人の業務上横領的ないし背任的ともいうべき行為により、被告人個人が領得した金員であると言い得るのであって、右社長貸付金の発生高及び現在高は(イ)昭和三八年一二月期一、〇九四万一、一〇〇円(期末残高八、二八二万六、八五七円)(ロ)昭和三九年一二月期、一、〇一六万四、五〇〇円(期末残高八、五四四万六、八三四円)(ハ)同四〇年一二月期、八四五万五、四六一円(期末残高九、四七七万五、四一六円)という莫大な金額に上つている。(記録第一一六五丁並びに第一一五八、第一一六一、第一一六三及び第一一六五丁)、本件検挙後国税当局の行政指導により右の社長貸付金に対しては年一割の利息を附して会社側に還付の手続を執ってはいるが、何分にも長年月に亘ることであり、それに貨幣価値の甚だしい変動すなわち下落に加え、手形再割引による運用益が年一割に止まらず、一割二分位あつたと被告人自身述べている(記録第一一三五丁乃至第一一三六丁)ところからしても被告人個人が本件によつて被告会社に対し莫大な損害を与えたことは言うに及ばずこの分については法人、個人共長年月に亘り所得申告を全く行なつておらなかつたのであるから国実の祖税債権を侵害すること甚大なものがあつたことは容易に認め得るところである。国庫に対して加えた損害の恢復は一応なされてはいるが右の如き甚だしい被害人個人の背任乃至横領的行為に基づく祖税債権の侵害行為により被告人個人が多額の不当利益を長年月に亘り、貪つていた点を考慮するならば、罰金併料の科刑がなされて然るべきである。要するに、会社とは名のみで、会社を隠れみのにして、被告人個人延いては被告人一家が税金を免れ、不当な利益を貪つていたというのが本件の実体である。かかる本件の実態を看過して漫然と法人税法違反なら法人に対して罰金刑を科すれば足るかの如き感覚をもつて刑の量定を行なうことは極めて皮相の見解というの外なく妥当を欠くも甚だしいと言わねばならない。

第二、原判決の量刑は本件類似の同種事件の科刑に対比し著しく軽きに失し相当でない。

およそ刑の量定は具体的事件ごとに諸般の個別的な情状を掛酌し適正妥当な量刑を行なうべきこというまでもないが、一方同種事件との間に量刑の不均衡を来たさないように配慮すべきことも公平な裁判の要請であるとともに国民をして裁判に対する信頼感を抱かせる所以である。

特にほ脱犯の量刑については祖税負担の公平を期するという税法の根本精神に照してみても、格別に公平適正の要請が強く、切実なものがあると思料されるのである。

ところでこころみに名古屋高裁管内における、最近の本件類似の同種事案の裁判結果を掲記すると別表のとおりである(控訴審で立証)。

即ち、本件と同じ程度のほ脱税額、営業規模、業態、犯後における本税、重加算税などの納付状況、会社と行為者との関係などの事件につき、あづれも会社に対しては、ほ脱税額の、ほゞ二分の一乃至四分の一行為者に対してはほ脱税額の一割四分乃至一割六分程度の額の罰金刑が科されており、会社に対する分と行為者に対する分とを合算すれば、ほ脱税額のほゞ二分の一乃至三分の一程度の罰金刑が科されており、なおいづれも行為者に対しては自由刑と罰金刑とが併科されていることが看取される。本件に対する原審判決の量刑が被告会社に対し、ほ脱税額一、六八七万九、〇〇〇円であるのに対し罰金三〇〇万円に止まつておる点は別としても行為者たる被告人に対し検察官が懲役十月及び罰金一〇〇万円の求刑をしたのに対し、単に懲役十月三年間刑行猶予の言渡をしたに止まつたことは右同種事件に対比して刑の量定甚だしく軽きに失し不当であるといわなければならない。ことに被告人は被告会社の単なる使用人ではなく、原判決認定のとおり長年に亘り「被告会社の代表取締役としてその業務一切を統轄掌理していたもの」で特に脱税のための本件売上げ除外は言うに及ばず、右除外金を運用して行なつていた手形再割引などの裏資金の管理運用は長年に亘り被告人が独断専行してきたところである。裏金の出納に要した印鑑、預金通帳、手形取立帳などは全部被告人が自から直後、自宅或は銀行の貸金庫に預ける等の方法で保管していたのであつて、前記売上げ除外は、被告会社設立の昭和二四年一月から本件検挙の昭和四一年六月に至る一七年有余の長きに及んでいたのである。

而して本件検挙時の昭和四一年六月一三日現在における被告人保管にかゝる右裏金総額(但し予金、受取手形、現金のみ)は一億一、八四四万四、五一六円(記録第一一二三丁乃至第一一二四丁参照)という莫大な額に及んでいたのである。

かゝる点からすれば本件ほ脱額は実際のほ脱税額より少なくいわゆる脱漏所得が被告人個人の手許に残留し被告人が本件ほ脱により相当以上に多額の利益をむさぼっていたと思料される状況、極めて顕著なものがある。

かゝる被告人に対しては相当多額の罰金刑を自由刑と共に併科すべきが理の当然であり、むしろ法人よりは行為者たる被告人をこそ重く罰すべきが至当と考えられるところである。尚本件の場合、法の建前からすれば免れた法人税の額が五〇〇万円をこえているので五〇〇万円をこえほ脱税額たる一、六八七万九、〇〇〇円まで罰金額を引き上げることができることとなっている。(法人税法第一五九条第二項参照)原審判決の量刑はかゝる事案の実態、法の趣旨を軽視し単に法人税法違反という罪名や外形事実のみにとらわれ、事案の実態を洞察することなく特にほ脱犯の量刑において占める罰金刑の重要性を看過し本件を律するに恰かも一般刑法犯を律するかの如き感覚をもつて漫然と刑の量定をしたものというのほかなく、到底承服することができない。

以上要するに、原判決の量刑は税法の法意を十分に理解せず、且つ、本件の実体特に、会社と行為者たる被告人との間の特殊関係につき皮相な観察に堕した結果、全体として甚だしく軽きに失し、特に、行為者たる被告人に対し、罰金刑を併科しなかった点において、類似の同種事犯との間に科刑の均衡を失し、甚だしく妥当を欠くので、到底承服し難いものである。仍て、これを破棄し更に相当の裁判を求めるため、本件控訴に及んだ次第である。

<省略>

期日九・一九(昭和四三年(う)三五〇号)

控訴趣意書(補充)

被告人 福田吉蔵

右の者に対する法人税法違反被告事件につき控訴趣意を補充します

一、進法の認識が薄い

(イ) 被告人は永年個人企業として所謂大福帳式計算に終始して来た

急に近代式に改めることは難い

(ロ) 申告制度に変つても中小企業者は完全な会社計算のできる者を高給で雇い入れ法の期待に応へることは実情としてムズカしい

(ハ) 組織の完備せる近代大企業の脱税ならば計尽性はあろうが

被告人としては計算の脱漏、忘却等がその因となることが多かろう

二、脱税額

観方に依つては実質上の脱税額は

(イ) 昭和38年度 約一二九〇万円

(ロ) 39 〃 約六五〇〃

(ハ) 40 〃 約六二〇〃

合計金二四六〇万円とも云へる

(擬制利子控除)

三、脱税分は納入済

脱税犯は国家財政上の損失を生ぜしめないのが目的である

本件にあつては多少の時期こそずれてはいるが、延滞利子をつけて納入を済している(原審弁一二三、一〇)

以上情状として御酌を賜はり被告人有利な御処分を念願します

昭和四三年八月一二日

被告人 福田吉蔵

弁護人弁護士 田中喜一

名古屋高等裁判所

刑事第二部 御中

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